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弦楽器を製作しているはずです。 

その態度が気にいr

掃除機が壊れた。
実際の作業時間より掃除してる時間のほうが長いかもしれないワタクシにとっては、致命的な問題である。

以前も書いたと思うが、ああ、コレね、使用していた掃除機はダイソンである。

原因はハッキリしていて、電源コードの断線である。
んなもん繋ぎ直せばすぐ直るんだが、そうしなかったのは、
ちょっと前に、ダイソンの掃除機にリコールが出ていたからだ。

その内容は電源プラグが異常に発熱する、というもの。
実際に火が出た例もあったという。
で、ウチの掃除機も実はプラグが熱くなる症状があったのだ。
断線したのも、プラグのすぐそばであったため、リコール対象であるかどうか問い合わせてみた。

結果、ウチの機種はリコール対象ではないが、
プラグの発熱という、直接安全に関わる部分に不具合があるからと、

無償で修理してくれることになった。

ここで「お、ダイソンすげぇ、アフターサービスもしっかりしてる」
とは思わない。だまされないぞ。

この機種はリコール対象じゃないかもしれないが、
ウチの掃除機が一番最初のリコール症例かもしれないじゃないか。
そもそも「直接安全に関わる不具合」って言っちゃったよね。
それをどこか上から目線で、
「それは対象じゃないけど、まあタダで修理してやるよ」
という態度が気にいらな
ジェイムス・ダイソン

自分ちの掃除機を、「ウチのダイソンが」と言うやつは信用しない。
自分ちのテレビを、「ウチのソニーが」って言ってんのと同じだハゲ。
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忘れてた

というわけで、のんびり楽しくFireBirdを製作しているのだが、
スルーネック構造ということで、
ボディよりも先にネックの整形をやっております。
まあボディとネックが別々だからって、特に順番なんてないんですがね。

人間、嫌な作業や苦手なことは、ついつい後に回そうと

それどころじゃねーんだよ

スポークシェイブ

こんな感じでさ、スポークシェイブでさ、
研ぎたての、よ~く切れる刃でさ、気持ちよ~くネック削ってたんだよ。
でさ、あらかた形も整ってさ、
いよいよヘッドの整形とか指板製作とか考えてたらさ、
煮てさ、焼いてさ、食ってさ、
目の端にある部品が写って、顔面蒼白に至った次第。

トラスロッド忘れてた

まあ、方法はある・・・んだけどさ。
なぜ忘れてしまっていたのか。そっちのが気になるわ。
ウンコしにトイレ行って、オシッコだけしてウンコ忘れてた、みたいな。

なあ。
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貝材高騰?

実はここ最近、FireBirdの製作をひっそり再開したわけだが、
なんか大和マークの貝材、値上がりしてね?気のせいか?
Stew-Macは輸出禁止みたいになってるし、貝材業界に何があったのだろう。

白蝶貝に関しては買い置きがあるので特に焦らないが、
アバロンは必要に応じて購入していたので、動向が気になる。

楽天で、非常に安く貝材を扱っている店があったのだが、
こないだ見たらつぶれてた。ぬう。
黄蝶貝のブランクを格安で扱っていたので、まとめて買っておけばよかった。

シェル・インレイは、楽器製作で一番好きな工程だ。
だから、貝の替わりにパーロイド、とか考えられない。
ただでさえ高価な貝材が、これ以上高騰するのは困る。
でも、ワンポイントのインレイ細工が好きなのであって、
ゼマイティス
こんなのは言語道断だハゲ。なんて下品なギターだ。
このメーカーとは趣味が根本的に合わない。

ちらほら見かける白蝶貝やアバロンの原貝販売がある。
もうこれを大量に購入するのが、手っ取り早く安心する方法かもしれない。
心の片隅にずっと不安を抱えているのは、A型的に耐えられない。
これはもう、ベルトサンダー買う最後の一押しにもなるだろう?

しかし腑に落ちないのはアメリカの輸出規制。
稀少品ってわけでもないだろうし、需要だって限られていそうだが、
利権なのですか?この規制も。
(規制であって、禁止ではない様子だ、現状)

ずいぶんと散らかった内容になったが、
要約すると、まあ、とにかくベルトサンダーが欲しいんだという話。
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I Love Youを間違った

徳永英明の一番の名曲は、「レイニーブルー」でも「輝きながら」でも「壊レディオ」でもなく、「I Love You」一択。
尾崎豊の同タイトルの曲など霞んで霧散する。
「ベッド軋ませてただけじゃんw」となる。


まだいるんだなあ、ベースをバカにする人種。
バンドブームの頃の、情報だけで頭でっかちになった中高生くらいかと思っていたのに。

普段何聞いてんだ?
何聞いた上で、「ベースっていらなくね?」って言ってんだ?

特に歌がうまいわけでもないのに、女性ボーカルを立ててみたり、
ぴろぴろと耳障りで自己中なギターソロがダラダラと続いたり、
いい歳していつまでも青春青春うるさい歌ばっかりだったり、

ベースいらなくね?という曲は、結局はボーカル以外いらない曲だったりする。
無理矢理バンドみたいな形をとらなくたって、
もうコンピュータの打ち込みでいいんじゃね?と思ってしまう曲がほとんどだ。

例えばJAZZならばベース抜きというのは考えられないし、
そんな極端の例でなくとも、ちょっと昔の洋楽とか聞いてみれば、
ベースはギター以上に重要なパートであるとわかるはずだ。

洋楽といってもあれだぞ、
ビョークとかレディー・ガガじゃねーぞ。

個人的に好きなベースを弾くバンドは、
最近ならArctic Monkeys、遡ればジャック・ブルースだろう。

聞いとけ。



ここだけの話、実は尾崎豊の「I Love You」買おうと思って、間違えて徳永英明のを買ったのが始め。
中学生当時の自分のミステイクに拍手。
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ピとかぺとか

嫌いなMCはクリス・ペプラーです、どうもこんばんは。


Kポップが流行という。
そういうものの、真意は不明だ。

メディアはこぞって大流行しているように報道しているが、
一方では「Kポップに興味があるか」というアンケートに対して、
「興味がある」と答えたのが一桁%だったという結果が出て、
Kポップは結局メディアが流行らせたいだけで、
実はまったく流行っていないという説もある。

真にどちらが正しいのかを一般人が判断することは難しい。
ワタクシの場合、韓国は「好きではない」ので、
「メディアが躍起になっているだけ」という意見に賛同したくなる。
(Rain(ピ)とか、もはやギャグだろ)

メディア情報鵜呑みの人はもう残念としか言えないが、
ちゃんと取捨選択しているつもりの人でも、
やっぱりどこかの部分では好き嫌いで判断しているんじゃないか。

世間のウワサ話など、所詮はその程度のレベルの情報集合体でしかない。
と思う。

全編日本語の歌詞で「Kポップ」とはこれいかに、と思うし、
韓国では反日ソングがチャートの上位を占めるんだぞ、とか、
「少女時代カワイイ」とか言うのはいいが、コイツラも反日ソング歌ってるんだぞ、とか、

そういう情報はやっぱり好き嫌いで判断しちゃうんじゃなかろうか。

取捨選択


その点、クリス・ペプラーは鉄板。
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腐卵

酸欠講習の話ももう限界。玄界灘。
少し酔っていますよ。


酸欠の講習には、「硫化水素」の特性、危険性もセットで付いてくる。
酸欠状態と硫化水素の発生には因果関係がある為だ。
硫化水素ってのはまあ、最近自殺で流行ったアレだ。
サンポールと○○○を混ぜたら発生するやつ。

硫黄は単体では無臭だが、よく卵の腐った臭い、と例えられるのは、つまるところ硫化水素の臭いである。

ずいぶん使い古された例えではある。

自慢じゃないが、卵を腐らせたことがないので、
「硫化水素は腐卵臭」と言われてもピンとこない。
温泉の匂い、のほうがまだ分かる。

こういう例えは時代とともに変化させていかなければならないのではないか。

ワタクシだけかもしれないが、硫化水素は腐卵臭、というよりは、
硫化水素の臭いを嗅いで、ああ、卵が腐るとこんな臭いがするんだ、
と硫化水素の臭いから逆に学ぶような感じである。

腐った卵と言えば思い浮かぶのは「ピータン」だ。
ダメである。ダメという言葉が適切かどうかも怪しいレベルで。
好きとか嫌い、とかじゃなくて、「食べられなかった」のだ。
自分の身体が「これは食べ物である」と認識できなかったのだ。
無理矢理に例えるなら・・・

古井戸の底に溜まった汚泥食ってる感じ

やっぱり食べ物じゃないな。
しかし酸欠講習からピータンの話になるとは、やはりもう限界か。
古井戸の底の汚泥


話は変わるが、「自慢じゃないが」とか言うときはたいてい自慢。
で、たいして自慢になってないんだ、コレが。
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ミヨちゃんを救う

続いた。
心肺蘇生の実技試験、イメージトレーニングは完璧だったという話。

ミヨちゃん

いよいよ順番がまわってきた。
ワタクシは長セリフ担当になった。問題ない。
颯爽と跪き、香西さんの意識を確認しようとしたときだ。

試験官「あー、ここでシチュエーション変えようかね。」

は?

試「んー、救助者は隣のおうちのミヨちゃん3歳。
  なぜか庭で倒れていました。・・・はい、やって」

ちょ、え?

試「うん、ミヨちゃんね。はい、やって」
ワタクシ「だ、大丈夫ですかー・・・だいじょう・・・」
試「隣のミヨちゃんだから、もっとフレンドリーに」
ワ「み、ミヨちゃ~ん・・・だいじょうぶ~・・・?」
相方「え、AED取ってきますっ」
落ち着け、心マは完璧だ・・・!胸の中心、ココをこう!!
改心の手応えと共に、ちゃんと心マできているサインのランプが点る。
よしよし、かんぺ・・・
試「ミヨちゃん3歳だからね、両手でやったらダメだよ」

え?ちょま、え?

確かに乳児は指で、幼児は片手で、とかテキストに書いてた気がする。
しかしここでそれ持ってくるかね。
もう頭真っ白だよ。
これは想像だが、ワタクシの片手心マの速度は相当速かったに違いない。
100回/分が理想だが、きっと280回/分くらいだったに違いない。

あまり記憶がないが、なんとかやりきりましたよ。
合格もしたんで、それはいいのだが、1つ納得できないのが、

ワタクシの組が終わって、次の組がスタンバイ。すると・・・

試「面倒だからもう香西さんでいいよ。はい、やって」

(;゚д゚) エーーー!>(゜Д゜;))) ( ゚д゚)ポカーン

↑会場中がこんな感じだった。
その後は最後まで香西さんだったよハゲ。
そりゃ普段使わないAAも使っちゃうよカス。
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心肺蘇生実技試験

引き続き酸欠講習の話。
心肺蘇生の実技試験があると書いた。

狭い実習室(という名の会議室)に全員が詰め込まれる。
部屋の中央には畳が6畳分敷いてある。その上には実習用の要救助者人形が2体。どちらも女性のようだが、上半身だけなのでブキミだ。

去年の実習までは人工呼吸もしていたらしいが、
(確かに別の講習ではやらされた記憶がある)
新型インフルエンザの流行なんかで、マネだけでよい、となったらしい。
イエスッ。

で、二人一組で行う実技試験のシチュエーションはこうだ。

仕事中、同僚の香西さんが倒れているのを受験者二人が発見した。
さあ、救助してください、というもの。

そう、劇をしなければならないのだ。

発見した二人のうち片方が、香西さんの肩を叩き声をかけ、意識の確認。
「香西さんの意識がないので119番を。あとAEDを持ってきて、応援も呼んできてください!」という役者顔負けの長いセリフを言い切らなければならない。
もう一人がAED担当で、それを取りに走る。
残された人は、AEDが届くまで、ひたすら心マだ。
AEDが到着すると、心マをしながらAEDを使用。
電気ショック前に、やっとAED担当のセリフ、「離れてください!」。
で、交代で心マ、人工呼吸器の使用をテストして解放、という具合。
AED

ワタクシは順番がまわってくるまで、脳内でシミュレーションを繰り返した。
完璧だった。長セリフ担当でも、AED担当でもどっちでもいい。
脳内で完璧に演じきっていた。いい意味での緊張がある。
イメージトレーニングには絶大な効果があるということをワタクシは知っている。
さあ、いつでもこい。


長いので引っ張るが、
引っ張るからにはそううまくはいかなかったということだ。
よし、続け。
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躊躇いのナイチンゲール

まだまだ酸欠講習のお話。

初日は缶詰め座学で筆記試験範囲を一気に詰め込み、
二日目は実技講習になる。もちろん実技にも試験がある。

酸素濃度測定と、硫化水素濃度測定の実技、
そして心肺蘇生の実技試験だ。

もう何度目だろう、心肺蘇生の実技。
仕事柄、資格を取るたびにやらされているような気がする。
一番最初は、車の運転免許の講習だったか。
一般の人ならそれくらいしか機会がないのではなかろうか。

個人的にはもう4,5回目で、
さすがに「もういいよ」という心境であったが、
その内容は実は数年単位でこまめに変更されている。

例をあげると、
人工呼吸2回に心臓マッサージ20回が1セットだと教わったのが、
次の講習では人工呼吸2回に心マ30回で1セットに変更になっていて、
今回の講習ではついに、
「人工呼吸はもういいから、とにかく心マを続ける」
という内容に変更されていた。

理由は単純で、
見ず知らずの他人に人工呼吸するのは躊躇われる、
で、躊躇ってる間に手遅れになる、
だからもうやんなくていいから、とにかく心マやってろ、
ってことらしい。

まあ、納得だ。
チャーミングな女性ならまだいいが、
アブラギッシュなオッサンが倒れたら躊躇もしようというものだ。
勝手な想像だが、心臓麻痺とかで倒れるのって、
ギッシュなオッサンのが確率高そうじゃないか。

さらに吐瀉物なんかあると最悪だ。
「人命がかかってるんだぞ!」とか言われても、
倒れたギッシュなオッサンの口元がもんじゃ焼き状態なら、
例えフローレンス・ナイチンゲールでも躊躇もしようというものだ。

いい機会だから今日は皆さん覚えて帰ってください。
無理してマウストゥマウスしなくてもいい、
心マを続けて、とにかく脳の血中酸素を絶やさないように。

ナイチンゲール

今回珍しく実用ネタだったが、
ちなみにもんじゃに何か恨みがあるわけではありませんよ。
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小さな威嚇

酸欠講習をネタに、どれだけ引っ張れるかに挑戦。

やだ、かわいい

受講者は40人弱で、こういう資格講習では少な目だったのだが、
とにかく若い人が多く、7割は20代だったと思う。
10代もいたかもしれない。

若いのが集まるので、とにかく、なんというか、
小さな威嚇がそこかしこで繰り広げられていた。

腰パンに始まり、わざとらしくガムを噛む、タバコとライターを出したり入れたりする、靴の踵を踏む、歩く時にわざと足の裏を擦って音を立てる、やたらと携帯を開いたり閉じたりする、腰のジャラジャラをわざとジャラジャラさせる。

全て小さな威嚇だ。

威嚇とはそもそも、弱い動物が少しでも、小を大に、弱を強に見せようと行う行動だ。虚栄の強さだ。

まあそういう見え透いた威嚇でなくとも、
例えばブランド品を身に纏うのとか、高級な車を乗り回したりするのも、
はたまた聞き慣れないカタカナ言葉を好んで使ったりなんていうのも、
ある意味では威嚇と言えるだろう。

威嚇するのが悪いと言っているわけではなく、
自然会では生きていく上で必須であるし、
人間社会でもコミュニケーション、集団意識というのは、円滑な意思疎通には不可欠だろう。

別に小難しい話をしたいわけではない。

30を越えた今、そういうものを許容できるようになったということだ。
今は周囲に威嚇しまくりの若者だって、30を越えてきたら、
その大部分は今のワタクシと同じように、過去を振り返り、
ひっそりと苦笑いを浮かべるはずなのだ。
そう思えば小さな威嚇など、ほほえましい限りじゃないか。

こうやってブログに自分の考えを書き連ねるのだって、
言ってしまえば威嚇みたいなものだ。

そりゃ強引か。
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酸欠講習

酸欠

酸素欠乏作業主任者という資格試験を受けに行った。

うちの会社の場合、自分で酸欠作業をすることはほぼ皆無で、
外注・下請けの業者が入って作業する。
その業者の為に酸素濃度の測定をする必要があり、
そういう用途の資格取得というわけだ。
見ず知らずの他人が測定した結果を、よく信じられるな、とは思う。
ちゃんとした業者は、さらに自社でも測定するんだけどね。

それはいい。

最初の説明で、元々3日の工程を、訳あって2日でやらなければならないと言う。
その為、とにかく時間が足りないんだということを強調していた。
初日は朝8時半から、18時半まで座学という長丁場だ。
この流れを説明する人、
「とにかく時間がない」ということを、とても時間をかけて説明してくれた。

イラ度+3。

で、ようやく講師の人が入ってきて、その紹介が始まった。

「えー、今回講師としておいでいただいたのは、労働基準ナンタラカンタラでご活躍されており、ナンチャラカンチャラも兼任しておられます、元住友化学のウンタラカンタラ部門でアーリマーブラフマーストラが長年やってこられてノウマクサンマンダーストラトキャスター、全国的にご活躍されてマカハンニャハラーミーター」

イラ度+5。

講師「では最初に、まったく余談ですが、
   うちの息子は建築の仕事をしていましてね…」

時間ねぇっつってんだろハゲコラ

その講師はその後も随所に余談を挟んだ。

息子の仕事の話
斎藤佑樹の話
ビニ本の話

いや、確かに話術は巧みで、話自体はものすごく面白いんだ、コレが。
特にビニ本と防毒マスクのくだりなんか最高だった。

酸欠とかどうでもよくなる、という点で、どうかな、とは思った。
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ハイブリッド勘違い

知り合いに、ハイブリッド勘違いのスペシャリストがいる。

公明党と社民党のハイブリッドだと思われる「公民党」を生み出したり、
「伊豆バナナシャボテン園」というスポットを創造したりと、数多の伝説を持っている。

そんな彼の最新の作品は、

「あれ?なんだっけ?据え膳食わねど高楊枝?だっけ?」

かつてない完成度の高さで、それを聞いて笑いはしたが、
想像してみたら逆にちょっとカッコイイじゃないか。

うん、ちょっとカッコイイ。

ハイブリッド
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レボリューション

尊敬する人に「チェ・ゲバラ」を挙げる人は信用しない。


エジプトの政権交代は、日本のそれの比ではないが、
遺跡や美術品に被害がほとんどなかったというのは驚異的ではないか。
軍が美術館に部隊を派遣して、徹夜で警護したりして守り抜いたらしい。

かくしてムバラク氏は、民意により引きずり下ろされ、新しいエジプトが始まったのだ。

これをニュースなんかで見た人は、
「すっげ、歴史が変わる瞬間に立ち会ったぜ」とか、
「エジプト革命か、これは教科書に載るぞ」なんてはしゃぐわけだ。

革命など、身近にいくらでも起きている。

最近では、日清の麺革命だ。

どん兵衛はうどんもそばも、個人的には概ね改良であったと思えるが、
どうしても許せないのはUFOの麺だ。
なんだあの伸びたラーメンみたいな麺は。
屋台の安っぽい焼きそばがあんな感じだが、それをUFOに求めてなどいない。
あれは曲がりなりにも鉄板で焼いているからこそ食える代物であり、
インスタントの茹でた麺(というか、湯で戻した麺)では駄目だろう。
ワタクシがUFOに求めるのは、あのちぢれた細い麺に絡む、安っぽいソースなのだ。

もちろん個人の味覚の話なので、
「UFOはいいが、どん兵衛は改悪だ」という意見もあろう。

エジプト革命だって、そういうことだと思うんだよ。
みんながみんな、諸手を上げて歓迎しているわけじゃないってこと。

ところで、ムシャラフ氏って誰だっけ。

乳酸菌革命雨天革命ノーブラ革命
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問5

「好きじゃない」と「嫌いじゃない」という言葉は、
数学的に考えると同じ意味として解釈できるが、
実際に使用すると、正反対の意味になってしまう。


会社の人に、聞いている音楽について尋ねられた。
どうも彼の周りの人はみんな音楽に興味がなかったり、
歳とともに聞かなくなったりしてきた人ばかりで、
彼的にはそれがつまらないのだそう。

「最近、どんなの聞くの?」と言うから、
色々とメンドクサイことになるのを極力控えようと、
「主にUKのロックですね」と答えた。

「へえ、UKか。いいよね、ソッチ系も。例えば何聞くの?」ときた。
どっち系かよくわからないが、やっぱりメンドクサイのは嫌なので、
「まあ、オアシスですね」と無難に優等生的模範回答。

「ああー、オアシスか。いいよね。でもオレが聞くのとはちょっとジャンルが違うかな」ときた。
明らかに誘っている。
「そうなんですか」で会話を終わらせて仕事に戻りたかった。
面倒なので意地でも聞きたくなかったが、先方、もう目が輝いている。


問5.仕方がないので「何聞くんですか?」と聞いたワタクシ。
   その人の返答に対するワタクシのリアクションは次のうちどれ?

1.余りにも予想通りすぎて、飲んでいたコーヒーを噴射
2.しょうもないアーティスト名が出たため、「そうなんですか」で強制終了
3.自分の好きなバンド名が出たため、まさかの意気投合


答え. 「1」

もしや、と予感してはいたが、
こういうタイプの人の「マリリン・マンソン好きアピール」は異常。
きっと彼にとっての最大級のオシャレワードなのだろう。

ワタクシはマリリン・マンソンは好きでも嫌いでもなく興味もないが、
この人は「好きじゃない」です、はい。

透明標本みたい
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価格戦争中

吉野家の生姜焼きが大好きです。

牛丼パッション

知らなかった(興味が無かった)のだが、
牛丼チェーン店の値下げ合戦って、まだやってたのか。

牛丼(並)が270円とか260円とか、
老婆心ながら心配になってしまうが、きっと大丈夫なんだろう。

「安い」というのは最もわかりやすいアピールだとは思うが、
ただ、ここまで安くなってしまうと、たかだか10円安いだけで、
「吉野家よりすき屋の方が安いから、ちょっと遠いけどすき屋行こう」
とはならないと思うんだ。10円だぜ?10円。

主観ですよ。

他店より10円安い、というのがどれほどのアドバンテージになろう。
牛丼価格戦争(苦笑)って、もう意地とかプライドとかいうメンタルな世界の話になりつつあるような気がする。
ま、マーケティングとか販売の専門家に言わせればそう単純でもないんでしょうね、きっと。

じゃあ、吉野家、すき屋、松屋が並んであったとして。

「おれは吉野家じゃなきゃダメなんだよね」とか、
どうでもいいこだわりをアピールする人は置いといて、

店舗が一列に並ぶ、そういう状況になったら、
ここで初めて10円安いというのが活きてくるんじゃないか、
と思うかもしれないが、

多分、一番すいている店に入ると思うよ、ワタクシは。
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ヒヤシンスの根っこ

大人になる、ということは、「いろんなことを諦める」ということだとワタクシは思っている。
「諦める」という言葉は、どうもネガティブな意味として捉えられることが多いようだが、じゃあ「諦める」を言い替えたらどうだろうか。

「諦める」=「許す」

この二つの言葉は等号で結べると思っている。
意味は変わらないが、表現的には柔和的になったのではないか。
ただ、ニュアンス的には、やはり「諦める」が近いとは思う。

ワタクシはブログ内でよく文句を言っている。
勘違いしないでいただきたいのが、
それは文句であって、批判ではない、ということ。

プリウスに乗ってるだけで「エコドヤ顔」してる人、
ツイッターで政治批判して「インテリドヤ顔」してる人、
アラサーアラフォーとか婚活とか大声で叫んでるわりに、
特に努力はせずただアピールだけしている人とか。

そういうのをブログに書いたりするが、批判しているわけではない。

プリウスはエコでもなんでもないから考えを改めろ、とか、
ツイッターで呟いたって誰も見てねえよ、
どうせ言うならちゃんとした場に出てちゃんと批判しろよ、とか、
肌磨く前に心を磨けよ、とか、
そういう事を言いたいわけではない。

そういう事象があり、こういう人がいる。
それに対して、自分はこう思う。

そういうシンプルな感情をブログに表現しているだけだ。
自分の考えを述べはするが、(それは最低限のマナーだ)
それを押しつけたり、正当化したりはしていない(つもりだ)。
善悪や正否を問うているわけではない。

猫があくびをして、庭に出たらオムレツの匂いがした。
その時自分はこう思った。
そういう記事を書いているだけだ。

時の人、品庄の品川氏はブログのコツとして、こう言っていた。

「ブログを炎上させないコツは、批判や悪口を書かないこと。
 人や物を褒める記事ばかり書いていれば炎上はしない」

正論だ。正論だが、それではツマランよ。
ヒヤシンスの根っこくらいツマランよ。
少なくとも、四猫庵を読んでくれている人達は、
そんなことこれっぽっちも望んでないと思うんだ。

そして品川氏はあらぬ方向で炎上してしまった。

ヒヤシンスの根っこ
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正直に答える

若いと言われて喜ぶ人がいる。
女の人だけでなく、男にもそういう傾向の人はいる。

「キミいくつ?」「いくつに見える?」とかお決まりのやりとりして、
1歳でも若く見られると嬉しがる。

ちょっと前に、脳年齢を診断するゲームなんかが流行したが、
「あなたの脳年齢は、18歳です」とか言われて喜んでる。

もちろん、脳の計算速度や判断に要するスピードなんかを見て、
(一部、まったく関係ない動体視力とかも含まれるが)
目に見える判断基準として「年齢」で表示しているだけで、
その結果は、18歳程度の思考力である、と言っているわけではないだろう。

それでも、だ。
「いくつに見える?」って聞いて、18歳って言われたとして、そんなに嬉しいか?
じゃあ、それが2歳とか3歳ならどうだ?

ワタクシは今31歳であるが、歳より若く見られると、些か心外である。
見た目も、中身も、だ。
ベストは年相応、実年齢±1くらいが許容範囲だ。
自分にとっては、2歳3歳も18歳も同じ違和感を感じてしまう。
歳より若く見られると、何が自分をそう見せたのだろうと気になってしまう。
話し方だろうか、服装だろうか、ちょっとした仕草だろうか。
大きく外すなら、歳より上に見られるほうがマシだ。

この思考はきっと、自分の幼少時の環境がそうさせているのだと推察する。
他意はなくとも、若い=幼稚に見られている、と思ってしまう。
そういう傾向を嫌う、というのは自覚できている。

ただただ若く見られたい女性の心理は到底理解できないが、
(そもそも自分を見た目だけで判断してくれ、と言っているのだろうか)
脳年齢が15歳くらいの女性に「いくつに見える?」とか言われたら、
ワタクシは正直に「15歳」と答えますよ。

ベッ
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終の車

以前、終の曲という話をしたと思う。

自分の人生で行き着くであろう曲を発見した、という話だったが、
(もちろん31歳現在の話である)
「終の車」というのはもうずいぶん前から決まっていたりする。

散々言っといてなんだが、ワタクシの今思う終の車はコレ。
ロータス エリーゼ
ロータス エリーゼである。

なんでえなんでえ、あれだけ国産車推しといて、結局外車かよ。
そう、外車だ。

10代と20代前半、若いというだけで「スープラ」と「180SX」に乗った。
20代後半、メーカーの物作りに対する姿勢に惹かれ、「レガシィ」に乗る。
30代、家庭を持った今、7人乗りのファミリーカーに乗り換えた。
40代、きっとまたファミリーカーに乗り換えるだろう。
50代、環境はぐっと落ち着いてきて、「レガシィ・アウトバック」とかに乗るかもしれない。
60代、定年を迎え、子どもも自立し、嫁と二人で乗る車。

それが、ロータス エリーゼ。

カッコイイじゃないか。
60代で初めてライトウェイトのオープンカーに乗るんだぜ。

こういう系統の車の中では手を出しやすい価格帯であるというのも大きいが、何よりこのデザインは国産車にはない洗練されたセンスを感じる。

何度も言うが、これは31歳現在の話である。
31歳現在、カタログとミニカーを眺めているだけで満足ではある。
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パードゥン?

今、どんな技術・技能でもすぐさま修得できるとしたら何がよいか。
そういう夢のある話(ということにしてくれい)をしていた。
A型なので色々と悩んでしまうが、頑張って二つに絞ったのは、

「ギターの演奏」 or 「英語」

である。

工芸系はちゃんと努力して修得したいよね。
それはいい。

ギターの演奏はまあ完全に娯楽なので置いといて、
英語はすこぶる修得したい技能(?)だ。

これからは中国語やっとけ、とか、うるさいうるさい。
行きたい国は英語が通じる国がほとんどで、
中国には多分旅行とかしないだろうし、
英語できたら洋サイトで買い物もスムーズだし、
文句もちゃんと言えるだろう。

じゃあ英会話教室でも行けばいいじゃん、ってなるが、不安が一つ。

一度覚えた英語って、しばらく使わなくても忘れない?

ああいうのって、毎日使うから忘れずに覚えてるんじゃないのか。
一度しっかり覚えても、10年使わなかったら忘れているような気がする。
30年使い続けてきた日本語は、10年使わないくらいじゃ忘れないだろうが、大人になってから無理矢理覚えた英語ではきっと忘れてしまうだろう。
じゃあ毎日使えばいいじゃん、ってなるが、
イヤだろ、日常会話の随所に英語を挟んでくるヤツって。
考えただけでもメンドクサイ。
こっちが話してると、「イェ・・・イェ・・・ンフン・・・」とか。
何か質問しても、片耳に手を当てて「パードゥン?」とかやられたら殴ってしまいそうだ。わりと本気で殴ってしまいそうだ。

パードゥン?

書いてるだけでイライラしてきた。
なんでこんなにイライラしてまで英語を覚えなきゃならんのだ。
まったく。



ちがーう
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ドードーの話 #2

続いた。

絶滅危惧の動物がアホだという根拠は身近にある、という話だった。

「トキ」だ。
病魔に冒された天才ではない。

近年、日本ではトキの保護とか繁殖とか頑張っているが、
自然に返したトキが死にかけてたんでまた保護して調べたら、

ドジョウの食べ過ぎで死にかけてた

というアホなオチだったという。

怒られる表現かもしれないが、
絶滅するべくして絶滅に向かっている、ような。

ような。

マンボウ これ、香川県の高松港だって。知らなかった。

ギリギリだったのはマンボウだ。
あんな形だから泳ぎが下手すぎて、稀におぼれて浮いている。
そんなだから、外敵から格好のエサにされてしまうマンボウ。

本気出して泳いだら、水面に飛び出すくらいは泳げるらしいが、
その時の着水の衝撃で死んでしまう事もあるマンボウ。

そんな彼らはちゃんと進化して、卵を3億個生むようになった。
ドードーの年1個に比べ、すごい進化じゃないか。



マンボウは、ちゃんと泳げるようには進化しなかった。
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ドードーの話 #1

何を隠そう、密かにドードー大好きだったりする。
「絶滅した動物」といって一番に思い出す、アレね。

ドードー うちのドードー。

しばしば絶滅動物、絶滅危惧種のシンボルとして扱われるドードーだが、
内容は概ね、「人間が悪い」ということに集約される。
その意見に賛否両論あるのは、つまるところ、

人間の介入で絶滅したというのなら、その動物が弱かっただけ。
現代には人間の介入など意に介さず、繁殖を続けている種だってあるじゃないか。
人間だって自然が生み出したもの。自然の一部だろう。
急激な環境の変化で言えば、地震や火山の噴火と変わらない。
「進化」を「環境に適応すること」と定義するなら、
絶滅動物は適応能力が低かった、と言わざるを得ないのではないか、と。

ドードーに関しては、発見から180年ほどで絶滅したのだから、
適応とかそういうレベルではなかったようにも思うが、
上記の意見に対しては、まあ概ね賛成である。

それが魅力でもあるのだが、とりあえず、ドードーはアホだったのだ。
良く言えば純粋無垢とかいう表現ができるかもしれないが、
飛べない、走れない、人間怖がらない、産む卵は年に1つ、とか、
「海に入れないペンギン」みたいな感じだ。
例え人間が介入していなかったとしても、
環境が少しでも変化すれば、絶滅するのは目に見えている。

身近にそういう例もあるが、長いな、よし、続け。
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全然、どうってことない

日本の国技はもう柔道でいいじゃねーか。
こないだの立ち小便の話や、門の泥の話もそうだが、
それこそ相撲の八百長なんて、そういうレベルの話だと思う。

節分

少し古いが、節分の話。
豆まくんじゃなくて、巻き寿司にかぶりつく、アレだ。

いや、わかってるよ、恵方巻きなんてクリスマスやバレンタインと同じだって。
商業的催事、関係業界の販売促進。
関東以東ではあんまり浸透してないんだって?

節分の日、その年の恵方を向いて、巻き寿司(輪切りでなく、一本物)にかぶりつく。今年なら南南東だ。
で、細かいルールがあって、寿司を食い終わるまで、一言も喋ってはいけないし、一部ローカルルールでは、目も瞑っていなければならないというのもあるようだ。
家族揃って、ただ黙々と巻き寿司にかぶりつく。
その様子を想像してみると、なんとなく鬼気迫る感じがしないでもない。

御利益としては、ワタクシは無病息災だと思っていたのだが、どうやらどんな願い事でもいいようだ。
きっと全国では、無病息災よりもヨコシマな願い事が横行したことだろう。

まさか本当に願い事が叶うと思ってやっている人は皆無だろう。
神社の賽銭然り、占い全般然り、パワースポット然り。
・・・パワースポットは本気で信じてる人いそうだな。気の毒に。
それはいい。

ワタクシも、今年は恵方巻にチャレンジしてみた。
理由は、嫁に持たされた弁当が恵方巻きだったからだ。
もちろん願いが叶うとか1mmも信じてなくて、完全にその場のノリだ。
だから特に願い事もせず、形だけマネていたような状態。

南南東を向いて、喋らずに、巻き寿司にかぶりつく。
職場の人の冷やかしにも負けず、黙って食べていた。
半分ほど食べたその時、ワタクシの携帯電話が鳴った。
「あ、もしもし」

その瞬間、ワタクシの恵方巻きチャレンジは終了した。

なんというか、元々信じていないし、どうってことないが、
そう言えば言うほど、どこか負け惜しみにしか聞こえなくて、
失敗したからって、最悪、願いが叶わないだけだと思うが、
なんだかだんだん、もう今年一年がダメなような気がしてきて、

ちょっとパワースポット行ってくる。
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門の泥

日本が世界に誇れる物の五指には入るであろう、トイレ。
一般店舗や公共施設のトイレでも、ウォシュレットは標準装備になってきた。

現在ではワタクシも愛用しているわけだが、
もちろん当初はウォシュレットには懐疑的であった。
そもそも目新しい物に飛びつくのを嫌う傾向もあったが。

だってさ、それまでは事後、ティッシュで拭くだけで満足していたのだ。
してただろ?100人が100人。
それをいきなり「水が出るから洗え」と言われても、
「いやいや、そこまでしなくても」と思ってしまい、
しばらくはティッシュで拭き取るだけの日々が続いた。

ある日、ウォシュレットを愛好する後輩と、そういう話になった。
ワタクシは問う。「そんなにいいものか」と。
後輩は言う。「良いとか悪いではない」と。
ワタクシは続きを待つ。
後輩は言う。
「ティッシュで拭いただけなら、まだ門に泥は付いている。
 水を流せば、完璧とは言わないまでも、より泥を落とせる」

「効率の問題だ」と後輩は言った。

衝撃だった。
後輩の口からそんな理論的な正論が出たことも衝撃だったが、
いや、まさしく正論であった。

ティッシュで拭いただけでは、絶対にまだ残っている。
それは間違いない。
それまで多くの人が見て見ぬフリをしてきた事実を改めて提示され、
己の事なかれ主義を恥じる機会となった。

ウォシュレットが無かった時は、
アノ人だってコノ人だって、門にちょっと泥が付いていたのだ。

そういう意味で、事なかれ主義に真っ向から挑んだウォシュレットの開発者には、ただただ頭が下がる思いだ。
勝手な憶測ではあるが、開発当初は、ガリレオの地動説に似た孤独感があったのではないか。

五指に入る理由は、そこに集約されていくのだ。
でも、近づいただけで便座が開くのはやりすぎじゃないか?
と、懐疑的に見ていても、やがてそれが普通になるのだろうな。

ウォシュレット
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絶対はある

ふと思ったことがある。

立ち小便は犯罪であるが、(公然猥褻?猥褻物陳列?)
だからって立ち小便をしたことがない男性がいるだろうか。

多分、いるのだろう。一握りかもしれないが、存在するのだろう。

誰が着るんだよ、というデザインの服でも、一着も売れないことはない。
そこ行きたいか?という国に好んで旅行する人もいる。
どうしようもないクズばっかりと付き合う女性もいるし、
(男運が悪いとかではない。そういうのが「タイプ」なのだ)
犬に服を着せたり、猫をヒモで繋いだりする人もいる。

多数派が正義、とは思わないが、
少数派であることにアイデンティティを見出したりするのも嫌いだ。

そもそも、果たしてそれが本当に多数派かどうかも怪しい。
どこを基準にすればいいのかわからない。
沢尻エリカやあびる優のメイクはもうどうしようもないほど下品だが、
欧米諸国では普通のような気もする。

結局、他人の目を気にして多数派だ少数派だとやっているのが気に入らないのだが、じゃあ自分はどうかというと、少数派にまわることが圧倒的に多い気がする。

それをステータスだと思うことはないし、かといって劣等感もない。

立ち小便をしたことがない人も、優越感や劣等感はないだろう。
そう思い当たり、やれやれと結論した次第であるが、
小便といえば、

混浴

こういう、猿と混浴できる露天風呂がしばしば紹介されているが、

猿ども、絶対に湯船で放尿してるよね。

脱糞すればそれこそ問題になるだろうけど、
放尿はしてるだろ、絶対に。絶対に、だ。

コペルニクス的展開。
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なおかちゅ

田村建設は略してタムケン。
森田第三中学校は略して森三中。
地味に変な人はジミヘンだ。

みっくちゅじゅーちゅ

緊迫した場面や真面目な空気の中で「噛む」というのは、
それはまあ恥ずかしいものだが、
同じ「噛む」でも一番恥ずかしいのは、

「つ」を「ちゅ」と噛むことではなかろうか。

「この資料をまとめておいてくれないか」
「わかりました。急ぎですか?」
「迅速かちゅ、丁寧に・・・ごほん」
「・・・わかりました」

これは恥ずかしい。
クールとか硬派なイメージがある人ほど恥ずかしい。

これはおそらく、「ちゅ」に付きまとう「幼児的イメージ」の所業だが、
しかし世間にはイメージギャップの真理というのもある。

いつも硬派でクールな上司が、たまに「つ」を「ちゅ」と噛む。

「何度も言っているが、君はいちゅになったら・・・おほん」

これでかわいい、とかなってしまうのが、イメージギャップの真理だ。

まとめると、その人のイメージで言いそうにないことを言うと、
本人は猛烈に恥ずかしいが、相手はひっそり萌えていたりする、
そういうことにならないか。

ちなみに「イメージギャップの真理」は今考えた妄想の単語だ。

おわり


おわりかよ!!
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自分用

会社の人に頼まれていた革包丁が完成。

革包丁 平

鋼材はクロモ7、ハンドルはブラッドウッド。
コンシールドタングにして、依頼者の「とにかくシンプルに」という要望に対応。したつもり。
ハンドルは角の面取りすらしていませんよ。(しなくていいと言われた)

ぬう。

誰かからの依頼というのは自分用より遙かに気合いが入っていいのだが、
自分の思い通りに作れないというジレンマもあるので大変だ。

というわけで、以前にこんなこと書いておきながらなんだが、

革包丁 斜刀#2ラップド・タング

いよいよ自分用の革包丁も製作。
こんな「ついで」がないと絶対に作らないだろうから、と自分を説得。

鋼材はやはりクロモ7、ハンドルはバール・メイプル。
(全然バールじゃないのは、ウッドクラフト社が悪いのよ)
ヒルトに真鍮を使い、初めての「ラップド・タング」に挑戦。

ラップド・タングというのは、
鋼材のハンドル部分をアウトラインよりも小さく削って、
できたスキマに他の材を挟み込んで仕上げるハンドル形状のこと。
フルタングの感覚で、汗とかで材が錆びないように工夫されている。

ギターで言えば、パフリングにイメージが近いと思う。
(2枚目写真参照)
今回はギター製作で余ってたヘリングボーンを使用。

なぜヘリングボーン。

よって、猛烈にダサイ感じに仕上がりましたよ。

次回は天然石とか使いたいと思うが、早く陶芸しろと誰か言ってくれ。
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博物図譜とデジタルアーカイブ展 #2

続いた。

えっと、なんだ、ああ、不安だったメールアドレスはあっていた。うん。

で、メールして一週間くらいで、いよいよ届いた。

図録

装丁はフランス装で、いわば仮綴じなのだが、さすがに美大、センスを感じる。
好きなように装丁しろ、ということだろう。

本展はⅠ期とⅡ期の2度開催されており、図録も2冊ある。
1冊1000円という値段から想像していた図録とは異なり、
「こ、これ1000円でいいのかよ」というデキにしばし感動。

今春には第Ⅲ期も予定されており、図録が非常に楽しみだ。
実際に行く気はない 行くヒマはない。

博物図譜 #1博物図譜 #2

中身をチラリズム。
以前購入したダゴティの画集よりよっぽどキレイな図譜が並ぶ。
もちろんダゴティの絵も納められていますよ。

古い博物図譜というのはどうしてこうもワクワクできるのか。
博物図鑑の健全な用途から言えば、ベストなのは写真だろう。
でも、味気ないと思ってしまうのが正直な感想だ。
肉筆、手彩色の博物図譜の魅力は、
やはり図鑑としての用途のそれでは語れないのだろう。

ちなみに納められている図譜は荒俣宏が提供したらしく、
Ⅱ期の図録には荒俣氏の講演会の内容も納められている。
荒俣氏、ムサビの客員教授らしい。

日本で驚異の部屋について追求する際、荒俣との接触は避けられない。
ていうか、荒俣との接触から全てが始まると言ってもいいだろう。

久しぶりに使った、「ていうか」。
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博物図譜とデジタルアーカイブ展 #1

博物図譜とデジタルアーカイブ展
武蔵野美術大学(通称ムサビ)の美術館で、
博物図譜とデジタルアーカイブス展」というのが開催されていた。

驚異の部屋に興味のある人なら外せないだろうが、
いかんせん香川からは遠すぎるし時間もない。

口惜しい思いをしていたのだが、ある日嫁が、
「そういう所って、たいてい図録は取り寄せできるよ」
とか言うので、さっそく電話してみた。

電話に出た担当のお兄ちゃんは、ものすごく声が小さかった。
大半が聞き取れない。
何度も聞き直すハメになるが、お兄ちゃんのボリュームは一向に上がらない。

どうやら、
「図録を郵送することは可能だが、電話ではなくメールでやりとりをしたい」
ということらしい。

こっちだってハナからメールでやりとりしたかったよ。
でもどこにもメールのアドレスが記載されてないから電話したんじゃないか。
まったく。
↑全然怒ってない。むしろ図録が手に入る事にワクワク

今からアドレスを言うのでメモしてください、とのこと。
デジタルアーカイブスとか言いながら、なんともアナログ的だ。

仕事中に会社で電話してたので、メモをしに室内に戻る。
アドレスを伝える声も果てしなくか細い。
こちらの声だけが大きくなり、何度も確認の為に問い直す。

職場の他の人が怪訝な顔をしている。
なので口調だけは丁寧だ。
まるで仕事の話をしているかのように振る舞う。

「申し訳ありませんが、確認の為にもう一度お願いできますか」
「では復唱します・・・で、よろしいでしょうか?」

アドレスだけで5回は確認した。
それでも不安だった。

不安だったんだ、僕は。


急に純文学風に綴りながら、長くなったので、ええい、続け。
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プロフィール

四猫庵

Author:四猫庵
今月の格言
「カカンキンコン コンキンカカン」

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