弦楽器を製作しているはずです。 

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2011総括

なんだ、もう大晦日か。
今年は「大晦日」って咄嗟に書けるようになったよ。成長した。

個人的な「今年の顔」は、「震災の後、被災地を鎮めてまわる僧侶」です。

今年の顔2

今年の顔

2011年は、心が揺さぶられる出来事がとても多かった。

地震・津波、女子サッカーW杯優勝、なんかすごい円高、なんかすごい台風、計画停電(笑)、
伊達直人が溢れ、アイスランドで火山が爆発、ユッケで人が死に、紳助が引退し、
ビンラディン・カダフィ・ジョブズ・金正日が死亡とかはまあアレだが、
児玉清と立川談志の死は本当に残念に思う。

中国の新幹線事故は衝撃的だった。
転落した先頭車両が映像に映ってて、重機がいっぱい来たなーって見てたら、穴掘りはじめて、「ん?」とか思ってたら、おもむろに車両埋めだした、とか。
コーヒー吹いたわ。
また今度は時速500キロで走る高速鉄道ができたんだって?
時速300キロでダメだったのに、中国国民もさすがにもう乗らないだろう。

何はともあれ、スカスカおせちからあっという間だったなぁ。
去年の「個人的な今年の顔」がキャンドル・ジュンだったことを思えば、平和とは何かをついつい考えてしまうよね。

それでは、今年の四猫庵はこれにて閉幕です。皆様どうかよいお年を。

追伸:FireBirdは完成しておりますが、年内には記事にできませんでした。
ワタクシの名誉のための追伸でした。てやんでい。
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電子書籍の話1

電子書籍の俄ブームで、自炊の代行を生業とする業者が出てきた。
今更「自炊」が何かなんていちいち説明しないぞ。

で、その業者らを相手取って、東野圭吾やらその他が訴えを起こしたわけだが。

『紙の本を買う→電子書籍で読みたい→代行業者に依頼→電子化キタコレ』

という流れの中での、「代行業者が電子化を代行する」という部分について訴えたわけだ。
普通に考えれば、これを防ぎたいのなら、最初から紙とデータの両方で売り出せばいい。
しかし、東野圭吾はそもそも「電子書籍に反対」している作家の一人でもある。
ワケガワカラナイ。

いや、わかるよ?
電子化すればネットでデータが流れて拾い読みする人が出てくるってことだろ?
しかしワタクシには、それが「古本で買って読まれる」ことと何が違うのかわからない。
「図書館で借りる」「友達と回し読みする」当たり前に行われている行為だ。
「作家に金が入らない」という意味ではどれも同じではないか。

自分たちの書いた本が売れないというだけで、「若者の活字離れ」「活字文化の危機」などと嘆いたり憂えたりするのはみっともないと思わないのだろうか。
更にはその責任を電子書籍に転嫁しようというのだから底が知れている。

それに対して、電子書籍に積極的な京極夏彦が良いこと言ってたのだが、

長いので、続け。

年末なのに年末っぽさのカケラもないことに、我ながら些か呆れておる。

電子書籍
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ふり仰ぎふり仰ぎ

「ナンバーワンにならなくてもいい」と言うが、なれるんならなった方がいいと思うよ、オジサンは。

あと、「ならない」と「なれない」の違い、それから自分がどちら側の人間かくらいは、最低でも知っておいた方がいいと、うん、オジサンは思うな。


さて、年末なのに年末という気がしなくなったのはいつからだったかな。
きっと社会人になってからなんだろうな。
社会人になって、もう何年経ったかな。

歳取って、何が変わったかと言えば、潔くなった、ということだろう。
大人ってのは、潔くないといけないと思う。

若い頃は、「後悔だけはしないように」という生き方が最善だと考えていた。
最近は、後悔しても納得できればそれでいいと思っている。
後悔に納得するには、潔くなければならない。
潔ければ、納得できる。簡単だ。

うそ、すごく難しい。


あ、古い中島みゆきの曲を聴いただけです。

ふり仰ぎ ふり仰ぎ そのつど転げながら

うそ
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無駄解説

「サッカーは11人でやるものだよ!」とか言うが、フットサルか何かと間違えてないか。

サッカーという競技は、最低でも22人いないとできないはずだが。


BSでトッテナム vs チェルシーというロンドンダービーの試合を見ていた。

アネルカがトッテナムに来ていたら面白かったのにとか思いながら、
元CBとは思えないガレス・ベイルのドリブルに見とれていると、
トッテナムの監督であるハリー・レドナップの表情がアップになった。

コートに手を突っ込み、ベンチに座っているその表情は、
一見すると冷静に戦況を見守っているように思える。
気温が低いのだろう、頬と鼻の頭が赤くなっている。

ここですかさず解説が、
「う~ん、勝っているのか負けているのか判らない、そういった表情ですね」
と解説した。

得点を見ると、1-1だった。


うん、ちょっと黙っててくれないかな。

ガレス・ベイル
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きよし!きよし!

続いた。

それでは以下、牧野植物園で入手したもの。

植物図譜
まずは植物図譜のリプロダクション。
もっとたくさんの種類が販売されているのかと思いきや、3種類くらいしかなかった。
それどころか、植物園のミュージアムショップはあまり商売っけがなくて、
牧野博士の関連商品よりは高知の物産を売りたいらしく、そういうレイアウトだった。
もはや過ぎ去った龍馬ブームに、いつまでしがみついている気だろう。
まあ、さすが高知、と言っておこう。

図録

上の図譜が表紙になった画集、というか図録。
税込み¥1575だったが、適正価格は¥1050といったところか。
今の価格で売るのなら、倍のページ数は欲しいところだ。

アレコレこねくり回したような解説はなく、単純に図譜を収録したものなのでクセはない。
マストアイテムと言っていいだろう。

もっと植物に関連するソリッドなアイテムが売られているのを期待していたのだが、
そのほとんどが紙物という、些か残念な結果だった。
牧野植物園に行くような人が、「○○ぜよ!」とかデカデカと入ってるTシャツ買うと思うか?
頑張れよ、物販。

最後に、購入した絵葉書から、牧野博士の若かりし頃を。

牧野富太郎 青年期

( ゚∀゚)o彡゜き・よ・し!き・よ・し!
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博物図譜と芸術

氷川きよしの40年後の姿をズバリ予想しよう。

牧野富太郎
↑おそらくこういう爺になると思われ。

写真の人物は、知る人ぞ知る牧野富太郎博士。日本の植物学の父と呼ばれる人だ。

博士も高知県の人で、アンパンマンミュージアムの次に向かったのが牧野植物園だ。
動物園よりも植物園を楽しめるようになったら大人ですよ。

日本での植物図鑑のハシリも牧野博士で、
後に集大成として刊行された「牧野日本植物図鑑」は、改訂を重ねながら現在も販売されている。
偉そうに言っているが、ワタクシも最近やっと購入しましたよ。

まあ、だからこそ、だ。
植物の図譜を「ボタニカルアート」なんて言葉に訳して欲しくない。

「植物図譜≒Botanical Art」ではあるが、「植物図譜≠ボタニカルアート」だ。
日本における「ボタニカルアート」とは、
芸術の中の絵画、更にその絵画の中の植物画、というカテゴリではないか。
やめてくれ。
植物図譜は植物図譜であって、ゲイジュツ作品ではない。
そんな軽率で幼稚なものに昇華しないでいただきたい。

長いんで、よし、続け。
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アンパンマンミュージアム

それが良いことか悪いことかは置いといて、新部署はカレンダー通りの休日である。
というわけで、クリスマス連休は高知に日帰りで遊びに行ってきた。

まず向かったのは、アンパンマンミュージアム。
アンパンマンの生みの親、やなせたかしは高知県出身なのだ。

アンパンマンのおもちゃは他のアニメのものより割安なので、子供も大人も大好きだ。
見習え、バンダイ。

だだんだん

入口で出迎えるのは、超巨大な「だだんだん」だ。「だんだだん」だっけ?知らない。
超巨大なアンパンマンではなく、だだんだんというところに好感が持てる。

ぐるっと見てまわって思ったことは、やはりアニメとは印象が違う、ということ。
サザエさんもちびまるこちゃんも、原作とアニメでは些か印象が異なる。
共通するのは、アニメよりも原作のほうがアンニュイである、ということだ。
それと同じ感覚を覚えたわけだ。

アンパンマンはお腹が減った子供を見つけると、惜しげもなく自分の顔を分け与える。
表の命題は、「正義を成すには、己の身を削る覚悟が必要である」ということ。
しかし、顔をもらった子供は身を削る彼の姿を見て、「顔が欠けて力が出ない・・・」と弱音を吐く彼の姿を見て、何を感じ、思うのか。
それがアンパンマンの裏命題であると思うのだ。

解りにくいかもしれないが、ならば次の写真を見てほしい。

裏命題

墓地だ。
ガラス張りで明るい雰囲気のミュージアム内から見える景色は、墓地だ。
テラスに出て眺めることのできる風景は、墓地なのだ。

嫌いじゃないぜ、ワタクシは。
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ランシールだっけ

街頭にあふれるサンタルックのダルそうなアルバイト店員が携帯いじってる姿を見て、
子供達は色々と悟るのだろう。

ピザを配達するサンタ、お弁当を暖めるサンタ、
喫煙所でタバコ休憩中のサンタ、携帯片手に謝罪しっぱなしのサンタ。

夜中にビールの肴を買いに行って、
客は自分一人で、店員はサンタルックのおっさん店長一人で、
あたりめなんかをピッてしてもらっている時の、
「クリスマスとかサンタとか無かったことになってる感」がヤバイ。
咄嗟にこれからの北朝鮮とか考えて事なきを得る。

そうしたら帰り際、そのおっさん店長がサンタルックのまま、
白い息吐きながら表のゴミの掃除とかやりはじめて、
その光景に、危うく魂を根っこから持っていかれそうになる。
咄嗟にドラクエ3で「きえさりそう」を売っていた町の名前を思い出すことに没頭し、事なきを得た。

メリークリスマス。

サンタ
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師走に負けない

救急車がひっきりなしに走っている。それも連日だ。
そうそう、12月って、こんな感じだった。


師走、というわけでもないが、新しい部署での仕事が本格的になったもので、目が回るように忙しい。
朝出社して、気が付いたら夜。そんな感じ。

言い訳がましいが、ブログを毎日更新するのも難しい状況。
しばらく、体が慣れるまでは更新も滞ると思います。

負けない
↑新部署でのワタクシの仕事っぷりは、まさにこんな感じだ。

ま、毎日更新なんて誰に頼まれたわけでもないしね!
それ以上にこんなクソブログ楽しみにしてる人もいないしね!
↑一昨年くらいの四猫庵はこんな感じだったね。

負けない。
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美しい数式

黄金比や錬金術の本(オカルトではなく科学書)を読んでいると、とにかく数式がたくさん出てくる。
で、自分の力でそういった公式を導けた時の感動をぜひ味わってほしい、みたいな事も書いてある。

てやんでいだ。
数学ってのは自分にとってはただの「道具」にすぎない。

「木と木を繋ぎ止めるにはどうしたらいいか」

この場合にワタクシが欲しい情報は、
「カナヅチでクギを打てばいい」
ということであって、クギやカナヅチの作り方なんてのは興味ないし、
ましてクギやカナヅチの形状が今の形に至った理由など、心の底からどうでもいい。

道具として便利だな、とは思うがそれだけだ。
それよりも、何を使えばいいか、どう使えばいいか、ということの方が重要だ。

そんなこと言ってるから、物理や化学は得意でも数学は芳しくなかった、と。

「E=mc^2」やオイラーの公式、不確定性原理なんかは、「美しい」とか言われる。
それは極限まで洗練されたカナヅチの機能美に酔いしれるのと同じなのだろう。
そう考えれば、数式を美しいと形容する気持ちもわからないでもないが、
結局それはやっぱり「道具」としての美しさということになろう。

数学「そうか、カナヅチはこうやってできたのか!」
物理「そうか、カナヅチを使えばこんなことができるんだ!」

そんなこと言ってるから、物理や化学は得意でも数学は芳しくなかった、と。

いや、数学者ってホントすごいな、と思いますよ、ええ。
そういうのは彼らに任せて、我々はカナヅチの上手な使い方を模索するのですよ。

E=mc^2
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ストリーマってなに

そろそろそわそわしているA型の人、多いんじゃないかい?

斬新な書き出し(棒読み)


頭の片隅に「大掃除」という単語がチラ付きだした今日この頃、いかがお過ごしでしょう。
掃除は好きだが、こと大掃除となると話は違う。
なんせ本気の掃除だ。

各部屋のエアコンと空気清浄機の全フィルターを掃除。
そういや寝室のエアコン、フィルター掃除サインと、ストリーマ掃除サインが出ている。
ストリーマってなんだよ。調べないけど。

窓ガラスをピカピカに磨きあげるのは、なかなか気分がいい。
だが、寒い。とにかく寒い。
手がかじかむとか、そういうレベルの話ではなく寒い。
寒いのは嫌いだ。大嫌いだ。
冬が好きとかいうやつはアタマオカシイトシカオモエナイ

ともかく、大掃除は好きだが、真冬にやらなきゃいけないというのが唯一にして最大のネックだ。

じゃあ半年ずらして、夏に大掃除すればいいというかもしれない。
一年に一度なのだから、別に夏でもいいじゃないか、と。

ダメなんだよ。
「正月を気分良く迎える」これが大掃除最大の裏命題だ。
その為にはやはり大掃除は年末でなければならない。

唯一の解決策は、「南半球に住む」ということかもしれない。
そうすれば、年末は夏だ。
でも、ダメなんだよ。

南半球ではサンタがサーフボードに乗ってやってくるというじゃないか。
アタマオカシインジャナイカト
そういうことじゃないよね。

ガラス拭き
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ダルメジャー

最近の中国のニュースは、リアリティが無さすぎて頭が置いていかれる感じ。
単純にワタクシの脳の容量の問題かもしれないが。


「ダルビッシュがメジャーで成功するにはどうしたらいいか」
現地アメリカの野球ファンに、そうインタビューしていた。

ダルの武器は、投げられる球種が圧倒的に多い、ということらしいが、
しかし、アメリカではそれはあまりよくない、と言う。

「米のキャッチャーは、そんなにたくさんの球種に対応したサインを覚えられない。
そこをメジャー流に合わせないと、ダルは成功できないね」

これをアメリカ人が真顔で言うもんだから、ちょっと理解に苦しんだ。
どう贔屓目に解釈したって、最低でも向こうのキャッチャーは日本のそれより劣るということじゃないか?
それを上から目線で言われるもんだから、逆にちょっと戸惑ってしまう感じだ。

しょっちゅう忘れ物をするやつが、それを非難され、
「いや、オレは別に気にしないんだけどな」
と言っているのを聞いた時に近い気持ちになった。

つ~た~わ~れ~。

メジャー
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ルーチンと食べ合わせ

みかんとコーヒーの食べ合わせの悪さは異常。

プーチン

誰が持ってきたのかしらないが、現在、職場に大量のみかんがある。
事あるごとにつまむもんだから、腹がタプタプする。

仕事中は、とにかくコーヒーを飲む。
家から持参した魔法瓶にはコーヒー。
それを飲んでしまえば、職場でインスタントコーヒーを作る。

つまり、みかんを食べて、コーヒーを飲むのだ。
これがクソまずい。
じゃあどっちかにすればいい、と言うかもしれない。
しかし、だ。

PCで文章作成とかしていると、動作がルーチン化する人は多いと思う。
ワタクシもそうだ。
ルーチンの中に、コーヒーとみかんが含まれてしまうのだ。

一段落を入力するごとに、タイピングの手を止め、文章を確認

コーヒーを飲んで一息つく

添付ファイルを挿入して、正しく開けるか確認する

みかんをつまむ(クソまずい)

続きの文章を入力し、確認

コーヒーを一口飲む(クソまずい)

口直しにみかんをつまむ(クソまずい)

諦めて文章を入力する

コーヒー(クソまずい)


ちなみに後輩は、あんぱんとカップヌードルを一緒に食べます。

ええ、今日は、それだけです。
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起きろよ、奇跡

12月になった途端、近所のイオンはクリスマス一色、と思いきや、クリスマスグッズと一緒に年賀状や正月飾りなんかも売っていて、ハロウィンから続く商品の阿鼻叫喚は収まる気配がない。

店内にディスプレイされたクリスマスツリーには、近所の幼稚園児や保育園児、小学校の生徒が「お願い事」を書いたカードが、七夕の短冊よろしく吊されている。
嫁がATMでアレコレやっている間、暇なのでその短冊に書かれた「お願い事」を見ていた。

・プリキュアになりたい
・嵐の大野君とけっこんしたいです
・サッカーせんしゅになり、ゆうしょうする

まさかの大野君。ここまでは、思わず頬の緩むレベル。

・おかねもちになりたい
・おとうさんに毛がはえますように
・おとうさんにしごとがみつかりますように

おとうさん・・・。思わず苦笑するステージ。

で、最後に見たのが、というか、これを見たらもう他のが見られなくなってしまったのだが、

「妹に奇跡が起きますように」

もうね、なんというか、アレだ、うん、
書いてる文字がさ、なんかすごく一生懸命でさ、
最近、涙腺がダメになってる。困った。

奇跡
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ダウンヒラー

通勤途中に、山を一つ越える。
長いトンネルがあり、その上片側一車線なので、朝は通勤で混む。

元々有料道路だったが、今年の春から無料になった。
で、大型トラックなんかがバンバン走るようになっちゃったから、交通量がすごい。
トンネル内部の換気が追いつかなくて、排気ガスで視界が奪われるレベル。

そんな中を、ロードバイクで疾走するやつがいて困る。
元来が有料道路なので、歩道というものがない。
道路の端を、バイクと同じ感覚で走っている。
下りになると、原付よりもスピードを出す。
原付を追い抜く為に、斜線の真ん中まで出てくるのだ。

おそらく、「自転車で原付を追い抜くオレ」というのは、多分に自尊心を刺激するのだろう。
それはなんとなく想像に易い。
自転車がいきなり車道にはみ出てくるので、車からすればたまったものではないが。

で、時速60や70キロの車と併走するのだ。
前を走られると厄介なので追い抜いたら、ムキになって抜き返してくる。
なんなんだよ。
今風に言うと、キモイ。

でも元気なのは下りだけで、道が平坦になると途端に大人しくなる。
自転車でダウンヒルが気持ちいい、というのも想像に易い。
それはわかるが、朝はやめとけ、と。
朝はみんな急いでるんだから、自分の命の為にも自制するべきだ。

何よりも恐ろしいのは、少し前まで自分もこのルートを自転車で通勤しようと思っていたことだ。
そのために少しいいロードバイクを買うことも検討していたが、
今風に言うとキモイ。

くわばらくわばら。

くわばら
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裸の王様

裸の王様

本社の専務と飲みに行く機会があったのだが、この専務の店員に対する態度といったらなかった。
社内で振る舞うのと同じかそれ以上に、高慢で高圧的な態度をとるのだ。
やれやれ、だ。

日本人らしい日本人にとって最も苦手なタイプというのは、
「自慢ばかりする人」「他人を見下している人」ではなかろうか。

端的に言ってしまえば、「偉そうな人」だ。

10の短所があっても長所が1つあれば自信を持って生きるのが欧米人で、
10の長所があっても1つの短所で自分に自信をなくすのが日本人だろう。

いくら10の長所を褒めたって、「いやあ、自分なんてまだまだですよ」と、1の短所を責めるのだ。
それが謙遜であれ本気であれ、日本人らしい日本人の特徴ではないか。

実際に偉いんだから、偉そうにしてもいいのではないか、という意見もある。
別に偉そうにするのは勝手だし、欧米ではそれがカリスマ性がある、みたいに好意的に取られることも多いかもしれない。
ただ、日本人の感性には合わないと思う。

偉いから偉そうにする人
偉いのに偉そうにしない人

この2択なら、日本人的にどちらがより高いレベルの人間であるか、言うまでもない。

スポーツで偉業を成し遂げたからと偉そうにする。
「オレは世界的にも超珍しいゴキブリを飼っているんだぞ」と自慢するのとレベルは変わらない。
その分野に興味がある人にしか相手にされないし、同じ分野の人だとしてもいい顔はしない。

偉そうにしていい、いけない、の話ではなく、もはやどちらが損か得かの話になってしまう。
そういう態度を取って誰かから反感を買うというのは、返って自分の首を絞める、
普通の人はそれがわかっているから、偉そうにはしないのだ。

また、偉そうに振る舞う人を謙虚な人にする、というような、「その人の考えを改めさせる」という行為には、莫大なエネルギーが必要になる。
だれがそんなコストを背負ってまで改めさせようと思うか。
心の中で(また言ってらぁ)と思われるだけ。

そうして完成するのが、裸の王様的偉そうな人、なのだ。
南無。
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携帯過渡期

「マーガリンはプラスチック」を本気にしている人が本当にいた。

電話

そろそろ本気で携帯電話を変えようと思う。(まだ言ってる)
個人的には、スマホはまだ時期尚早だと思っている。
いくら考えても、自分には、今より高い料金を払ってまで持つほど必要な物だと思えないのだ。

しかし、ガラケーの最新機種は本体がバカみたいに高い。
携帯電話が年に2回もモデルチェンジするのは無駄、なんて思っていたが、
いざ機種を変更する立場になると、どんどん「型落ち機種」が出るのはありがたい。
去年の夏モデルなんかが、かなり手頃な価格で手に入る。
もちろんスペックは申し分ないというのは、言うまでもない。

更に、今年に入ってiPhoneに変えた人が多いのだろう、新古品が相当数出回っているのだ。
これはオイシイ。

そういえばここ最近、スマホにして後悔している人が多くなってきているのだという。
これは、「みんな持ってるから」という理由でスマホに変えた人達だろうと予想。
PCと同じで、何に使うのかがハッキリしていないと、何にも使えないという結果になってしまう。
使いもしない機能をアレコレ搭載しているばかりに、以前の携帯よりも電池がもたないとか、本末転倒もいいところだ。

「前よりも月額が高くなってしまって、後悔している」
という理由を挙げる人がいたが、これはただのバカだ。
普通、料金って一番に確認しないか?
ワタクシだけ?ワタクシがケチなだけだと?

別にスマホのネガキャンしたいわけじゃないぞ。
いや、まあ、なんだ、アレだ、
ワタクシの仕事的には、iPhoneよりもギャラクシーが売れてくれないと困ると。
ワタクシの仕事的には、モバゲーやってないで、PSP買ってくれと。

そういう話。
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感情表現の命題

喜怒哀楽とはとても明確なもので、相対する感情は同時には決して表れない、と考える人は多い。

例えば、悲しい事があったら普通の人は泣く。
悲しいのに笑ったりするのはおかしい、普通じゃない、
また、「泣く」と「笑う」は、同時には行われない、等。

これは暗に、「悲しければ泣かなければならないし、悲しければ笑ってはいけない」と言っているのと同じだろう。

だが、命題である「悲しいときは泣く」を成立させる為に、
その「逆」、または「裏」を引き合いに出すのは間違いである。
なぜなら、命題が成立したからといって、その逆や裏が必ずしも成立するとは限らないからである。

命題「悲しいときは泣く」、
これの「逆」は、「泣くのは悲しいとき」になり、
「裏」は「悲しくなければ泣かない」になる。

判りやすい命題の例として、「ギターは楽器である」「カタツムリは雌雄同体である」とか。

まあ、何が言いたいかって、アレだ、
感情ってのは「喜怒哀楽」の4つだけで構成できるほど単純なものではなく、
盲目的に「悲しければ泣かなければならない」と思い込んでいるのは、
なんというか、血液型占いを信じることに近いものがある、と。

「45歳無職の暴走族のリーダーが、チーム解散を宣言」というニュースとか。
「35歳無職、某掲示板にアイドルを殺すと書き込み」というニュースとか。

もしこれが自分の知り合いだったと分かったとしたら、
ワタクシはきっと、笑いながら泣くだろう。

泣く
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ハイブリッド過渡期

「ハイブリッド」の意味を履き違えている人って、自分が想像するよりも多いのかもしれない。
これは本来、「2つのものを合わせて1つの目的を達成する」という意味だ。

車に関して言えば「ガソリン車」「電気自動車」「ハイブリッドカー」という分け方をしているが、
だからと言って「ハイブリッド」は、ガソリンや電気と並ぶ次世代動力の事ではないぞ。

ディーゼルエンジンとガソリンエンジンを両方搭載した車があれば、それは立派なハイブリッドカーだ。
原付にペダルを付ければ、ガソリンと人力のハイブリッドバイクだ。
本体が革で、ソールがゴムなら、ハイブリッド靴・・・もういいか。

エコブームに便乗して、耳触りがいいからという理由だけで「ハイブリッド」をイメージ付けした企業にも責任の一端はあるが。

ちなみに最近、ローカルCMではあるが、
「ハイブリッドな生活をしましょう!」
というCMがあって、その内容は、
「電気とガスのハイブリッドで、快適・エコな住環境!」
なんて謳っている。

それってつまり、今まで通りってことですよね。

オール電化ブームとか、大変なんだろうなぁ、岡山ガス。

ガス
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結局、来なかった

#1
箱を開くとスポンジでできた箱。
箱 IN 箱ですよ。
焦らしてくれるわ、ふはは。

#2
スポンジのフタを外すと、肝心の部分にフタ。
フタ ON フタときた。
焦らしてくれるわ、ぬはは。

#3
はい出た、親鸞。
手 乗 り 親 鸞 w
かわいいよ親鸞。

#4
ああ、凛々しいよ親鸞。
カッコイイよ親鸞。

#5
わらじw
親 鸞 の わ ら じ w
かわいいよ、わらじ。

えー・・・っと、はい。(正気に戻る)

結局、親鸞展は香川に来なかった。カッとなって買った。後悔はしていない。
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劇場型監督

あ、そう、クラシコはバルサが勝ったの。

ツマラナイ。

今シーズンのバルサは、相変わらず異次元のプレイを続けているようだが、
個人的には以前ほど「バルサマンセー」とはならない。
会長がとことん気に入らないというのもあるが、マンネリというかなんというか。

見ていて「おお」となるのは、理解の範疇を超えたメッシのプレーだけで、
成熟しきったチーム戦術は、まるでテレビゲームか、機械の動きを見ているような気分になる。
いや、それはとてもすごいことで、全てのチームがそうなることを目指しているんだけれども、
それを作り上げていく過程を見るのが楽しいのであって、
完成品をダラダラ見せられてもツマラナイと思ってしまうのだ、ワタクシは。

スペインリーグ自体もツマラナイ。
2強+その他大勢、という構成。
優勝はマドリーかバルサで、それ以外のチームは「CLの出場権」を狙うという。
1、2位と3位で10ポイントも勝ち点が離れてしまっては、
更には優勝するチームの勝ち点があわや3ケタに届こうかとか、
ドキドキもハラハラもしない優勝争いなど、見る価値はない。
シーズン終了後に、どちらが優勝したかニュースで見ればいいだけだ。

モウリーニョが、マドリーではなくバルサの監督になっていたら、もう少し面白かったのかなとは思う。
試合以外の部分で、C.ロナウドやペレス会長と激しくやりあってくれそうだ。
いわばモウリーニョは、橋本徹や小泉純一郎と同じ、「劇場型」なのだ。
彼がどれだけメッシに噛みついても、メッシは大人だから適当にあしらってしまう。
これがC.ロナウドだったらどれだけ盛り上がるかw
グアルディオラのような「優等生型」と比べて、見ていて楽しいのはどっちか、言うまでもない。

ちなみにワタクシは、監督としてのモウリーニョは大好きだ。
現役の監督では3指に入ると思っている。
ヴェンゲル、モウリーニョ、ファーガソン。
この3人が、ワタクシの3指に入る監督だ。

プレミアにこの3人がいた時は面白かったよね。
モウリーニョがヴェンゲルとファーガソンに噛みついて、
ファーガソンが大人げなくマジギレして、ヴェンゲルが冷静に皮肉で返して。

ヴェンゲル(優等生型)、モウリーニョ(劇場型)、ファーガソン(激情型)。

お、いいオチ付いた。やめやめ。

劇場型と激情型
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消臭力のCMいいね

「今流れているTVCMで、一番嫌いなものとその理由を」
というアンケートがあった。

ちょっと考えてみたが、まず浮かんだのはプーデルだった。
でもコレって、どうも地方CMらしいので、却下。

プーデル

プーデルを簡単に説明すると、
ふざけたアニメキャラがふざけた曲にのせて屁をたれるだけ、という意味不明のもの。
何の企業か以前に、何を意図したCMなのかが意味不明で、イラっとする。
未だに何なのかわからない。
「西日本で大人気!」とかキャプが付いているが、間違いなく嘘だ。

で、全国区で嫌いなCMを探したが、結局は「一本満足バー」に落ち着いた。
あれはもう草なぎ剛がどうこう以前に、関係者全員頭オカシイとしか思えない。
どっかの大学の映像サークルがノリだけで作った作品みたいだ。

さて、CMを作る側からすれば、悪い印象でもそれが強烈なら、何の印象にも残らないよりはいい、むしろCMとしては良作、というかCMってそんなもん、みたいなことを仰る人もいる。

しかし、店で一本満足バーを見るたびにCMを思い出し、不快な気分になり、誰が買うかこんなもん、と思ってしまうのはワタクシだけではないはずだ。

企業のCMではなく、商品のCMとしては、悪い印象というのはやはり失敗ではないか。
確かに印象には残るが、それが購買意欲に繋がらないのだから、上記の言い分は負け惜しみにしか聞こえない。

ちなみにプーデルは、その上をいく。
品位が疑われるのでここに動画を貼ったりはしないが、機会があればぜひ試聴してみてほしい。
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ごめんねリトアニア

昨日の今日で恐縮だが、件のリトアニアの店から返信が来ていた。
今更かよ、と翻訳サイトに突っ込んだら、

---やあ、アクセスありがとう。
その商品は幾つかの電子部品が足りなくて、発送できないんだ。
こちらも大急ぎでメーカーに発注をかけているところさ。
来年の2月には在庫できると思うから、よろしくね。
ごめんね。サヨナラ。---

という内容だった。
向こうも英語が公用語ではないのだろうが、すごくフランクな感じだった。

ちなみにワタクシが一番最初にメールしたのが、2ヶ月前。
で、もう一度同じ内容で催促メール出したのが、1ヶ月前。

これだからリトアニア人は。

いや、まあ、リトアニアの通貨も言語も知らないんですけれどね。
なんなら首都とかも知りませんけれどね。

知っていることといえば、ロシアとポーランドにいじめられてたこと(?)、
あとはバルト三国で一番大きい、ということくらいだ。

ごめんね、リトアニア人。

リトアニアで検索すると「イースターエッグ」がちらほらヒットする。
ちょっと欲しい。

イースターエッグ
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バルト3国

結局、マヌエル・プイグの「このページを読む者に永遠の呪いあれ」を読んでいる。
以前読んだ「閉じた本」と同じく、口語文のみで構成された文章だが、
冒頭50ページほどで、すでになんとも苛辣な気持ちになってしまう。
ここからどう展開するのか、非常に興味深い。
いやあ、もう冬ではあるが、読書の秋を満喫している。

そういえば以前、「秋の夜長こそ電子工作」みたいなことを書いたと思う。
ニキシー管や真空管アンプを作るのだと。

真空管

物自体は、すでに買ってはいるのだ。
ただ、ヒマがないというか、気分が乗らないというか、ギター磨かなきゃというか、
本読みたいというか。

ニキシー管の方も、買う気満々で店にメールしたのだが、返事がない。
後から商品をよくよく見たら、Sold outになってただけなんだが、
一生懸命に慣れない英語で在庫確認とか国外発送可能かとか書いたんだから、
ガン無視すんじゃなくて、せめて「Sold outって書いてあるだろ?」くらいの返信は欲しかった。
日本の店ならそれくらいの返事は当然あるだろう。

これだからリトアニア人は。

いや、まさか自分がリトアニアから何かを個人輸入することになるとは思いませんでした。
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嫌いということ

何か嫌いなものを、「嫌いだから、詳細を知りたくもありません」というのはよくない。
いや、一般的には別にそれでもいいのかもしれないが、
こういうSNSなんかで、ある対象を「嫌いだ」等と扱き下ろす場合は、よくない。

戦争はいけない、戦争は嫌い。
嫌いなのは結構だが、過去の戦争がどうやって起こって、どういう結末を迎えたかくらいは、しっかり知識として蓄えておかなければいけないのではないか。

「武器を持つから戦争になる。武力を捨てよ」という考えの人は、
上記の事がまったく理解できていないのだと思う。
理解できていれば、「武力放棄=戦争回避」という結論に至るはずがないからだ。

嫌いだから知りたくもない、とう気持ちはわからないでもないが、
情報を発信する立場に立つのならば、それでは許されないということを真面目に検証するべきだ。
それができない人は、自分の好きなものだけを書けばいい。
何かが嫌いということを書いてはいけない。

以上を踏まえた上で、その偉業は認めた上で、

ワタクシはホンダとパナソニックとイチローが嫌いだ。

好き嫌い
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鴉の哲学

心地よく秘密めいたところ

ピーター・S・ビーグル (著) 「心地よく秘密めいたところ」読了。

著者が19歳当時に書いた処女作。
そのせいか文章がものすごく丁寧に書かれている。(幾分回りくどい部分もあるが)
当時の持てる知識全てを詰め込んだのだろうな、というのが見て取れて、全体的に好感が持てる。

アメリカの作家なので、「アメリカアメリカ」した表現がないか不安だったが、概ね許容できる範囲であった。(アメリカアメリカ感 25% 当社比)
死者の話なので、キリストキリストするのかと思ったが、そんなことも全然なかった。
著者の死生観は、ワタクシのそれに近いものがあると思う。
読後感も好みの感じだった。

ちなみに創元推理文庫から出版されているが、ミステリーではないので悪しからず。

内容は至極単純で、ドラマチックな転調はない。
舞台も墓地にほぼ固定され、淡々と展開する。
クライマックスでは、ほんの少しだけ疾走感が出て、ほんの少しだけ盛り上がる。
個人的にはそういう展開の話が好きなので、気持ちが良かった。
ここだけの話、コレ、邦画にリメイクしたらイイ線行くと思うんだがどうだろう。

とにかく鴉だ。この作品は一言、「鴉の哲学」と言ってもいい。


さて、次に読むつもりなのは、
マヌエル・プイグ(著) 「このページを読む者に永遠の呪いあれ」

わはは。
せっかくの読後感を台無しにしやしないか心配だが、ともあれ読み進めよう。
いや、一度どうでもいい本を挟むか?赤川次郎とか。
どうでもいいってのは言葉が悪いな。毒にも薬にもならない本、というか。
いやホント、どうしよう。
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メガネと塩

メガネ男子が流行らしい。

別に視力悪くないのに、伊達メガネしたりするのだ。
こういう人はほぼ例外なく、ジョニー・デップが好きだろう。

個人的には、伊達メガネというのは「スイカに塩」と同じだと思っている。
ちなみにワタクシは、スイカに塩をかける人とは仲良くできない。

「甘みが引き立つ」とか言ってるやつは、味覚障害としか思えない。
「甘くて塩辛い、ただそれだけ」というのがワタクシの感想。

メガネというのは、これまで「野暮ったいもの」というイメージであったはずだ。
せっかく整った顔に、わざわざ野暮ったいメガネをかけるというのは、
甘くておいしいスイカに、真逆の味をプラスするのと同じだ。

それで元々の「整った顔」が引き立つかというと、そんなことはない。
「整ってはいるが、野暮ったい」という感想になる。

メガネに魅力を感じる人の意見に、
「メガネを外したときのギャップ」
というのがあるらしい。

やっぱりメガネではなく、その素顔が好きなんじゃないか、
じゃあメガネいらないじゃん、とは言わない。

メガネから素顔、という落差が必要なのだというのは理解できる。
醜いメガネ姿を長時間見ているからこその、メガネを外した時の素顔にやられるのだ。
ただ重要なのは、キミは向井理や佐藤健ではない、ということだ。
せいぜい北の将軍様にならないよ


醜いとか言っちゃったから、もうやめようか。

メガネ
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気持ちのいい莫迦

バカには2種類あって、「ただのバカ」と「気持ちのいいバカ」ってのがいる。
そんな、気持ちのいいバカ(以下、気バカ)のお話。

最近ニュース等で、米国務長官とアウンサンスーチー氏の会談の様子が流れていた。
おそらくそれを見たんだろう、「あの人はいったい誰だ?」と、件の気バカに聞かれた。
どうもスー・チー氏を日本人だと思っているフシがあったので、
ざっくりとかいつまんで、スー・チー氏がどういう人かを説明した。

ビルマの政治運動の指導者であること、
長い期間、自宅軟禁されていたこと、
その軟禁期間中に夫が亡くなったこと、
夫の入国が許されず、その死に目に会えなかったこと、
彼女の髪飾りが、再開できず死別した夫との思い出の品であること、
彼女自身、今も政治の道具として扱われているということ、

そういうことを、できるだけ分かりやすく説明した。

気バカは、途中から黙り込んでしまった。
しかし、その目にはあらゆる感情が浮かんでいるのが見て取れた。
一度に提供されたたくさんの情報を、自分の中でゆっくりと咀嚼しているのがわかる。

やがて、慈悲とか憐憫とか、そういうのがごっちゃになった声で、

「OLになって、パスタとか食えよ・・・」

と言った。やっと、言った。


バカには2種類あって、「ただのバカ」と「気持ちのいいバカ」ってのがいる。
そんな、気持ちのいいバカのお話。

OL
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匿名希望

ツイッターやフェイスブックの流行を見ていると、どうにもネット上では、

実名 = 誠実、正義、偉い、信頼できる
偽名・匿名 = 卑怯、悪、信頼できない

という風潮で纏まりつつあるような気がする。

ちょっと考えたらわかると思うが、ネット上で実名で発言をしたからと言って、
その内容に更なる説得力や信憑性が増すようなことはない。

実名で情報を発信することによって、そこに責任が発生するのは確かだが、
それは「発生」しただけで、実名だからといって、その責任を「満たしている」という保証などない。

むしろネット上には、匿名だからこそ信頼できる情報のほうが多いような気がする。
例えば、新しく発売された電化製品のクチコミ。
こういうクチコミを見る人というのは、その製品の「良い部分」ではなく、「悪い部分」を知りたいと思って見ているはずだ。
製品を買ったあとで、知らなかったポジティブな発見があれば「ラッキー」くらいに思うが、
その逆に知らなかったネガティブな発見があると、ものすごく悔しいだろう。

そういうネガティブな情報は、私見ではあるが、匿名の方が信頼度がより高いと思える。

情報を取捨選択できているつもりの人でも、よくよく考えてみると、
真意の定まらない情報ほど、「こうあって欲しい」と自分が思う方を選択しているはずなのだ。

そこでは、実名だから、匿名だから、というのはほとんど関係ない気がする。

実名で所属から出身校、経歴なんかを垂れ流すのは勝手だが、
その「実名である」という部分には何の正義もない。
「どうだ、実名だぞ」と胸を張れば張るほど、「だからどうした」と思ってしまう。
本当に面白い情報というのは、実名者からは出てこないと思うのだが、どうだろう。

「せめて、お名前を」
「名乗るほどのものではありません」
↑ワタクシの一生の目標の一つだが、匿名、かっこいいじゃないか。


同じバカでも実名のバカと匿名のバカなら、どちらがよりバカかなど、いちいち書くまでもなかろう。

匿名希望
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別れ方

ぽちたまのだいすけ君が急逝した。
6歳だったという。タレント犬。なんともいたたまれない。
わかる人だけわかってくれたらいい。

何度も言ってきたが、ワタクシは犬よりは猫が好きだ。
だが、「犬×猫○」ではなく、「犬<猫」という人種だ。

それは犬や猫との付き合い方に所以する。
端的に言ってしまえば、「別れ方」ということだ。

犬や猫を飼おうかな、と思った時点で、最後の瞬間まで想定してしまう。
「出会ってすぐに死ぬ事を考えるのか」と怒り出す人もいるかもしれない。
確かに、そんなこと考えなければどれだけ気楽にペットとして飼えるかとは思うが、
そういう人種にこそ、とやかく言われたくない。
彼らにとっては、あくまでも「ペット」としての「ペット」なのだ。
本当に気楽なものだと思う。

自分はとてもじゃないがそう割り切れない性格なので、
犬や猫を飼おうと思ったら、それ相応の覚悟を決めている。
その覚悟の中に、「別れ方」も含まれているということだ。

別に何が言いたいわけでもない。

例えるならば、幸運にも、愛犬や愛猫の最後を看取れるとしたら、
犬はお礼を言いながら逝き、
猫はさよならを言いながら逝く、

だからワタクシは犬より猫が好きなのだ、と。

犬と猫
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四猫庵

Author:四猫庵
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「カカンキンコン コンキンカカン」

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