弦楽器を製作しているはずです。 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
   --:-- | Top

自殺した私の神経

ワタクシが「現代アート(苦笑)」というものを受け入れられない理由も、
前述の子供の絵を賞賛することに通じるものがある。
現代アートは、例えその発想が貧困で退屈なものであっても、
また、卓越した技術や、熟練の技工、突出した才能が皆無でも、
「思いつきが全て」「最初にやったもん勝ち」
となってしまう風潮があり、それが嫌いなのだ。

草間彌生

草間彌生の、「自殺した私の神経」という作品だ。
実はこのオブジェ、レプリカを嫁も持っている。
数年前の、横浜で開催されたトリエンナーレで購入したらしい。
ワタクシも無理矢理付き合わされたことを覚えている。

たまに引き出しから出して眺めたりするが、
この、誰が見てもウンコにしか見えないオブジェに、
「これってウンコですよね」
とか言うと、アートファンには
(アートもわからない無教養やろうが)
と内心思われてしまう。ナマコが正解だったか?

分かったフリして、
「ふむ・・・」とか「なるほど・・・」とか言ってるほうが滑稽だ。

逆にまったく理解できなくても、
「見た人が好きなように感じたらそれでいいんですよ、この作品は」
なんて言って、自分だけは理解した気になっているのも、
もうただただ腹立たしい。

「理解しようとしてないからだ」と言われるかもしれないが、
「理解」とは「理解しよう」としてするものではないと思う。
理解しようという努力が必要な時点で、
もうそれは現状では理解できないものなのだ。

最悪、「理解しなくてもいいんだ」なんて乱暴な意見を聞くときもある。
まっぴらごめんだ。
理解の出来ない得体の知れないものを、それでいいとはどういう了見だろう。
理解できないものを理解しないまま受け入れる趣味はない。

そうなると、
どう見てもウンコ、最悪ナマコだと理解したものを、
ちょっと説明を受けただけで、
よもやそれが「自殺した私の神経」だと理解しなおせるものだろうか。

頑張って努力して、作者の生い立ちから当時の心象までを踏襲し、
それがウンコではなく「自殺した私の神経」であった、
とようやく理解できたとして、
果たして自分にとって何がプラスだろうか。

オブジェよりは絵画が好きで、絵画よりは伝統工芸品が好きだ。
三次元のものをそのまま三次元で表現するオブジェ(彫刻等)よりは、
三次元のものを二次元に置換する絵画のほうが、
はるかに高い技術とセンスが必要だと思う。
陰影、質感、遠近感、色彩、立体表現。
そういう技術・技工にゾクゾクする自分にとって、
思いつきだけの芸術など何の価値もない。
彫刻作品に、彩色されたものが極端に少ないのも、
「卑怯だなぁ」と思ってしまってダメな理由に挙げられる。

絵画の技法なら、「キュビズム」などは秀逸の極みだと思う。
それを用いたピカソの絵は、アンチからは子供っぽいなどと批判されるが、
キュビズムの技法は到底子供には理解も再現もできないものである。
「本質」の対義語は「現象」である、と知らないのだろうなぁ。

きっとこういうやつが、
展示室にある「砂嵐だけを流し続けるテレビ」とか見て、
「う~ん・・・」
とかうなっちゃったりするんだろうな。

しかもそれは、
流してた作品説明のビデオが終わってただけ、
とかいうオチなんだよ、きっと。
関連記事
   20:45 | Trackback:0 | Comment:0 | Top

Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://hrfmania.blog69.fc2.com/tb.php/194-065bc856
プロフィール

四猫庵

Author:四猫庵
今月の格言
「カカンキンコン コンキンカカン」

カウンター
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。