弦楽器を製作しているはずです。 

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付喪神

件のニキシー管時計キットの店を全然紹介していなかったことに今気が付いたので追記。
リトアニアのTubeHobbyというお店。興味がある人はぜひ。



さて、付喪神(つくもがみ)をご存じだろうか。

付喪は当て字で、正しくは九十九と書くらしい。
九十九年経た物とか、九十九種類の物とか、古くて多種多様な物という意味がある。
要するに、古く使い込まれた物には魂が宿るという、日本の古い民間信仰の観念だ。
古神道における、八百万の神の世界観と同じである。
今も各地で行われている包丁供養や人形供養も、ここからきたものだ。

今日は、そういうお話。

嫁の母親から、「鉋を貸してほしい」と言われた。
何に使うのか聞いたら、「まな板を削る」のだと言う。
まな板がとにかくガタガタだから、平面を出したいということだった。

それはさすがに手持ちの鉋では無理だから、まな板を預けてもらえれば直すと言うと、
後日届いたのは、「まな板って、何年使ったらここまでなるんだ」という代物であった。

檜の一枚板製で、多分、そんなに高い物でもなく、ごく一般的なまな板だと思う。
しかし、その中心部分が大きく窪んでいた。
目測だが、最も深い部分は1cm近くは窪んでいるのではないか。
すごい。そのまな板を見た感想は、「すごい」だった。
これは鉋でシャカシャカ削れるレベルではない。
とりあえず大きなバンドソーで1cmほど挽き割りしたい衝動に駆られる。
近所のホームセンターに持っていけばやってくれるだろうが、
でもなんとなく、「自分の手だけで直したい」と思った。

長く使った物には魂が宿る。
そういう「モノ」に自分が関われるという、喜びに近い感情があった。
このまな板の長い歴史の中に、ほんの少し、自分も加われるのだと。

あとはもう、ひたすら削ったね。
一枚の板をひたすら削り、ただただ垂直を出すというシンプルな作業。
長く使われてガタがきた道具を、再び使えるようにするという作業。
「オマエが直してくれたら、おれはまだまだ使えるんだ」そんな声が聞こえてくる。
なんというか、自分に魂というものがあるのならば、その真ん中から澄んでいく、そういう作業であった。
物作りの根底に流れる精神を垣間見た気がする。

まな板

ベルトサンダーでジャーンって削っただけなんだけどね。
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